2019年03月31日

二十八日目 土成から鴨島へ

5:00起床。
今日はなかなかに変則的な行程になる。

まず昨日歩いていた、阿波市役所までなんとかして行く。
6:30にそこに着こうとしたら、タクシーだ。
タクシーも、千円ちょっとで行けるなら惜しくはない。
一筆書きのように途切れず歩きたいのは山々なのだが、
無駄な歩きもまた、したくないのだ。
こればっかりは歩いている人間でないと分からないかもしれない。。。

そして7:00ちょうどに10番切幡寺さんの納経を済ませ、
一気に1番札所の霊山寺まで行く。

その後は電車に乗り、鴨島まで行ったあと、
途切れている部分を1時間ほど歩き、
今日の宿へ、という寸法だ。
これならズルにはならない。
歩くところの先後を入れ換えただけだから。




予定通りに、7時チンで切幡寺さんを打つ。

うーむ。。。
お寺それぞれだとは思うのだが。。。
なんとも申し上げにくい。
階段の落ち葉は滑ります。
事故が起こらないことを祈るばかりです。


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10番切幡寺さんから9番法輪寺さんへの道すがら撮ったもの。
じつに清々しい。

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8番熊谷寺さんへの道にて。
枝垂れ桜も満開である。

香川では、満開まではあと一歩という感じであった。
やはり山をいくつか越えて、南に来ると違うものなんだなぁ。



熊谷寺さんに着く頃に、順打ちの歩き遍路さんが固まっているところとすれ違う。
きっと、6番の安楽寺さんの宿坊に泊まっていた方々であろう。

初日:1番札所〜6番札所(16km)
二日目:6番札所〜10番札所〜鴨島周辺(20km)

このルートが一番ポピュラーなのだ、1番札所から始めるのであれば。
なにせ、三日目には焼山寺アタックが控えているので、二日目までは慣らし運転になるのである。

どんなに急いだって、焼山寺への道の前では一泊するしかない。
初日から36キロ歩ける人なら別だが。




ふと、昨日までと、今日の雰囲気とが、全然違うことに気づく。

ああ、昨日まで、ほぼ一緒に歩いてきた人らは、
もう居ないのだな。

そんな気持ちになっていた。



歩き遍路は、一人歩きが鉄則だ。
人には自分のペースというものがあるから。

たまに同道して、話しながら歩くことがあっても、
じきに
「じゃ。先、行きますんで」
「どうぞどうぞ。私はゆっくり行きます」と、
それぞれのペースを守りつつ歩いていく。
だから、四六時中一緒に居て、すごく仲がよくなる人ができる、ということは、実はあまりない。

しかし、寺に着けばだいたいの確率で会うし、
宿を取れば一緒の場合だってある。

一日に歩ける距離もまちまちだから、
先に行っていると思っていた人が翌日後ろから追いついてきたり、
そうかと思えばとんでもない方向から歩いてきたり、
観光していたのか迷っているのか分からないところに遭遇したり、
人っ子ひとり居ないような山の中でバッタリ会う、
なんてこともザラにあったことだ。

名前は知らなくても、
「あ、また会いましたね」
「よく会いますねぇ」
などという会話は日常茶飯事であった。

いわば、戦友というか、
同じ苦しみを味わった仲間、みたいな感覚があった。

めっちゃよく喋る新潟から来た佐々木のおじさん。
田植えを初めて見たと話していたオランダの青年。
どう見ても日本人だが生粋のアメリカ人だったfromカリフォルニアの彼。
全く話さなかったが、須崎からこっち本当によく会った、同い年くらいの人。



それらが、ゴッソリ抜けてしまっている。
なぜなら、皆さんは88番大窪寺で終わるから。



今日、周りに居る歩き遍路さんは、
だいたいが昨日か今日始めた、初歩きの方ばかりだ。

見れば一発で分かる。
真新しい白衣。
着け慣れていない笠。
全く磨り減っていない杖。
筋肉痛が襲ってきている歩き方。


なんだか、高知から始めた俺は、
二学期から転校してきた転校生で、
クラスメイトは先に三月に卒業してしまって、
新期生が入ってきたのをひとり見つめている、
まだあと一学期分は出席しなくてはならない、
微妙な立ち位置の先輩。

そんな感覚になっていた。




お昼もセルフのうどん屋さんでサッと食べ終え、
ひたすら歩く。

お遍路始めたての人は二日かけて進むところを、
俺は一日で歩かなければならない。

まあ、35キロくらいなら、もう平気になってきたし。
足が棒になるような感じもしなくなった。




4時頃、1番札所の霊山寺を打つ。
順調に予定を消化した。




しかし、霊山寺さんの雰囲気作りは流石である。
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これからどんな旅が始まるのか、
お遍路で初めて来た人はワクワクするだろう。


色々なお堂があって、本堂に入ると、薄暗い中にロウソクの火が揺らめいている。

神秘性と、怪しさと、荘厳味と、商売の匂いと。
歩き遍路さんへのお接待の気持ち。
新入りに色々教えたくなる気持ち。
そんな多種多様なものが混ざり合った、
じつに味わいのある境内だ。

これはこれで、ひとつの調和であろう。


なんだか嬉しくなってくる。

たどたどしいお経、
期待と不安でいっぱいの顔、
背負い慣れないリュック、
次にどこへ行けばいいのか分からないで迷う様子。

ははは。
本当に新入生だ。

ようこそ。
歓迎しますよ。

とりあえず、その大きな荷物は半分にしようか。
しんどくなるぜ。



また明日。
posted by 健真 at 21:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

二十七日目 長尾から土成へ

6:30の朝食をサクッと頂き、
7:00に長尾寺さんをお参りする。


ん?
あれ?

見知った顔があると思ったら、竹林寺で懇意にしてくださっている政平さん親子ではないですか。
どうしてここに。

誠人くんを京都に送る途中に寄ってくれたようである。
わざわざ買ってきてくれたのか、サポーターなどの差し入れも頂いてしまった。
有難く使わせていただくことにする。


7:30前に長尾寺さんを出発。
今日の予定は、まずは大窪寺さんへの道のりにある、女体山を攻略することだ。
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この地図の、緑の道を行くことにした。
基本コース+多和神社コースなので、4時間20分といったところか。
お昼には着ける計算になるな。

正直、全て車道でもよかったのだが、
やっぱり山を登らねば、歩きにきた甲斐がないというものだから。。。
皆さん行っているというし、大丈夫だよな、うん。
午前中は天気は持つ、との予報もあるし。



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道中、お家からお散歩に出てこられた、地元のおじいさんと話をする。
どうやら歩き遍路を何度かした、ベテランの方らしい。

「おへんろ交流サロン」という施設がこの先にあり、
寄ったらええわね。結願証やバッジも貰えるし。
との話であったが、
寄るのはやめておいた。
だって俺まだ結願じゃないし。


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車道から地元の道に入るところの案内である。
車道で9.5キロ。
登山道含む細道で5.9キロ。
気合いを入れて細道へ。


なかなか山道が出てこない。
いや、アスファルトの登り道が続くのは有難い。
でも坂道は坂道。
なかなか辛いな。。。
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昼寝城というのは俺も知らない城だ。
こんなとこにお城がねぇ。

結構な距離を細い車道で登ってきたあと、
やっとこ山道の入り口へ到着。
この時で11時前後くらいだったはずである。

天気はまだ持っている。

いまにも降り出しそうで、堪えているといった感じだ。
暑くなくてそれは良いのだが‥‥‥


急な山道を登っていく。
女体山山頂まであと1.2キロの表示があったが、
それが短いようで、長い。

頂上まであと100mほど、というところで、
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これである。
(注:この写真は、ネット上からの拾い物である。
   俺は写真撮ってる余裕はなかった。。。)

というかここから先はほぼ全て岩場であった。
噂に聞く、女体山の岩場とはこれか。

写真では角度が伝わらないのがもどかしい。
見上げるくらいの角度なのだ。

二足歩行で登るなどという命知らずな行為はできない。
這いつくばって、両手を使いながら、さながら簡単なロッククライミングである。

杖は手放すことができない。
背中の荷物は後ろへ重心を誘う。
足はここまで約4時間登ってきて疲れている。
周りに人は居ないので助けもない。
命綱?   そんなもんあるわけない。
高所恐怖症の人間は行ってはだめですね。


落ちたら死ぬよなぁ、、、


などと考えながら、
万全を期してゆっくりしっかり登っていた、
その最中。


ポツ‥‥‥ポツ‥‥‥

ポツポツ‥‥


最悪のタイミングである。
よりにもよって、この岩場に噛り付いている、まさにその時、
雨が降ってきてしまった。

雨は降り始めが怖いのだ。
砂や塵が浮いて、滑りやすくなるから。


うおおおお、
どうする、どうする。

落ち着け俺。

どのみち、降りられはしない。
いくしかない。
慎重に冷静に、しかし迅速に。

少しだけ岩場が途切れ、数メートルほど平地があったので、
そこでポンチョを取り出して頭から被る。


うわ、眼鏡が曇る!
息を切らして体温が高い俺と、雨が降ってきて気温が下がった周囲とで温度差があり、
眼鏡が曇ってしょうがない。

眼鏡をしまう。
裸眼でもまだなんとかなる。

また岩場だ。
ポンチョを踏んづけそうになる。
ここで転んだら命は無いぞ

うおぉー‥



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やったぜ。

ゼエ‥ゼエ‥
見たかこん畜生。

‥‥‥。

車道行けばよかった。怖かった。(本音)



雨が降り続く中、大窪寺さんまでの下りの山道を行く。
ここも、晴れていればなんてことはない道であっただろうけど、
雨の中の山下りは、滑ってしまうことが何より怖い。
たぶん、晴れの時の倍くらいかけて、杖を使いながら慎重に降りていった。



どうにかこうにか、大窪寺さん着。
わりとヘロヘロ状態である。

俺の他に山道を来ていた人はいたのだろうか。
一人も見ていないが。


大窪寺さんを打ち終わり、
門前の茶店で一休みする。
このとき時刻は12:30。

5時間かかっとるがな!

でも、ま、ええわ。
怪我なく来れたし。


茶店で、昨晩同宿だった広島のオッチャンと会う。
どうやらオッチャンは車道を来たようだ。

そらそうですよね。

女体山いったの?
この雨の中で?
やるねえ。

そらそう言いますよね。



1時丁度に茶店を出て、徳島県への道を行く。
この時点で、今日中に10番札所の切幡寺さんを打つのは諦めた。
時間が足りない。
せめてあと1時間早かったら、、、

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2:30頃、県境を越える。
ここは阿波市だってさ。

ハロー徳島。
すだち県。

踊る阿呆に見る阿呆。
同じ阿呆なら踊らにゃ損損。

好きだよ、そういう姿勢。


このあとはひたすら県道を行き、
阿波市役所まで歩いて、5:30に今日の歩き止めとした。
明日はここから再スタートである。


途中で見つけたすごい名前のバス停
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他に無かったのか。
それとも凄い犬の謂れがあるのか。

わからない。


※追記
なんとなく想像はしていましたが、
やはりお大師さん関連の伝説のある地名でした。
犬墓大師堂で検索ください。


また明日。
posted by 健真 at 22:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

二十六日目 一宮から長尾へ

朝は6:30出発。

ことでんに乗って、昨日たどり着いた一宮の駅まで電車に揺られて行く

ことでんのキャラがイルカさんで可愛い。
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なごむ。

四国の温泉は色々行きましたが、
この仏生山温泉はマジでオススメ。
普通の温泉とは何か、全然、お湯が違う。
言葉にするのは難しいけど‥‥‥



一宮寺さんを朝イチに打って、
街中のコンビニに寄りつつちょこっと食べ、
屋島寺さんの麓に着いたのが10時過ぎだったか。
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完全に整備された道である。
地元のおじいさんおばあさん達が行ける、手頃な山登り散歩のコースになっている。
住宅地からこの道に入って、お寺までは30分くらいかな。
正直ここまで来た人間なら余裕もって歩けるレベルです。

屋島寺さんの本堂横に
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ぽんぽこタヌキさんがお祀りされている。
やっぱり四国といったらタヌキよね。
屋島の禿げ狸として、宮崎アニメにも出てたっけ。

と思いきや。
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ええ‥‥‥(困惑)
いや、こんなん笑うわ。
キシャーッ!って顔がもうね。

どうやら徳の高い御先祖タヌキさんの意志は、
残念ながら子孫には伝わらなかったようだ。



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源平屋島の合戦は、暦でいえば丁度、今頃のはずだ。
うちのお寺の本堂にも大きな絵がありますよ、
那須与一と玉虫前の、一対のものが。
弓馬の道にて立身出世を遂げた与一は、武門の誉れであったんだろう。

一度、ここにも一人で遊びに来たっけな。
「祈り岩」というのが、この入江にあります。
まあ、扇の的については
長くなるのでここには書かないけど。。。
詳しく知りたい人は竹林寺に尋ねてきてください。
お話しできます。



屋島寺さんの山を降りた頃にお昼となり、
スーパーのマルナカへGO。
♪マルナカ〜(↓)  マルナカ〜(↑)
   仲間っだっな〜♪ッコ   ピッコ  ピッコ‥‥

自由に飲食できるスペースがあるから有難い。
パンと牛乳で一息つく。



お昼を挟んで、85番八栗寺さんへ。
このお寺は、楽しみにしていたお寺だ。

八栗寺さんもロープウェイがあるくらいの山道だけども、
正直、ここまで来た人間には(以下略

そんなに苦労せず登りきりました。
屋島寺さんの下り道もそうだったけど、
岩が砂岩っぽいから時折ズリっと滑るんだよなぁ。。。
そこだけが気をつける点です。


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これ!
八栗寺さんの梵鐘!
これが見たかった!
うおー!
感動ーーー!


‥‥‥。

‥‥‥。

お寺側の看板とか、資料とか、
説明するものがな〜んにも無くて、
ちょっとさみしい。。。
俺だけやん。こんな盛り上がってるの。
団体さんが2つほど居たけど、みんな素通りだった。。。

かなしい。


よっぽど道ゆく人つかまえて、一席語ったろうかと思いました。
(お寺の迷惑になるんで思い止まる)

でも、これだけでたっぷり喋れますよ、俺ぁ。

あのですね、この梵鐘は何があるかというとですね、
歌銘があるんですよ。
上の写真よく見たら見えるでしょう。
で、この歌を書いた人というのが、
「會津八一」(あいづやいち)という人なんですよ。
「秋艸道人」(しゅうそうどうじん)となってますけど、それは會津八一先生の雅号ですからね。

會津八一を知らない人は、申し訳ないけどググってください。
早稲田の先生です。


この歌はですね、

わたつみの
そこゆくうをの
ひれにさへ
ひひけこのかね
のりのみために

(わだつみの  底ゆく魚の  ひれにさえ
   響けこの鐘  法の御為に)

です。

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(八栗寺さんの写経部屋に入らせてもらい、
   やっと資料を見つけたので撮らせてもらった。
   もっと前面に出しても良いんじゃなかろうか‥)


八栗寺さんの梵鐘はですね、
先の大戦中に、戦時供出といって、
鉄砲の弾にされたんですよ。

で、そのあと、戦争がおわって、昭和三十年に、
中井龍瑞という方が作りなおしたんですよ。

中井龍瑞という方はですね、
高野山の管長を務めた方で、四国霊場の霊場会の初代会長をしていたほどの方です。
中井先生の『密教の一字禅』は名著ですよ。
高野山大学の図書館か、国会図書館でくらいしか
読めないですけど‥‥


話が逸れましたが、
中井龍瑞猊下が依頼して、詠み、揮毫してもらったこの歌が、
じつは會津八一先生の遺作なんですね。


ああ〜〜。
生で見られてよかった。
いろいろな人の想いがこもった鐘であるなぁ。

會津八一先生の『学規』とか、
お話ししたいことはまだあるんですけど、
収集がつかなくなる前にやめます。

もっと聞きたい方は、竹林寺の山田まで(以下略)



納経を済ませて、志度寺さんまで一時間ちょっと歩き、
そこからさらに一時間半ほど歩いて、
長尾寺さんの門前の宿に着く。

87番長尾寺さんは5時までに間に合わなかったが、
全く問題はない。
明日の朝、すぐに打てる。


明日はいよいよ88番の大窪寺さんである。
周りの方は結願だと思うけれど、
俺は3分の2が終わろうかというくらいだ。
明日は大窪寺さんの後は、
10番札所の切幡寺さんまで行かなくてはならない。

結構な長さの道のりであるが、

がんばろう。

明日の予報は雨だけど。



また明日。
posted by 健真 at 21:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする